集中山行 裏銀座コース

烏帽子岳−鷲羽岳−双六岳

山行日 2005年 8月12日(金)〜15日(火)
参加者 CL 奥西、SL 岩里、会計 網岡、運転 網岡、写真 白井、記録 前田・中野
工 程
  1日目(8月12日) 記録:中野
奥西宅出発14:30=白井宅−(名神)−(北陸道)−(上信越道)−奥西さんの息子さん宅(上越市)−(長野道)−22:50信濃大町駅到着

 奥西さんの家に集合、出発。滋賀で白井さんを乗せ、ひたすら信越方面へ。名神から北陸道に入り、夕食を摂るために何気無しに入った『有磯海』のサービスエリアは大当たり。どの御飯も凝った作りで、味も評判が良かった。車の回送要員として、タクシー会社の半額でお願いする話になっている奥西さんの息子さんを上越市で乗せる。(奥西さんにそっくりの娘さんと違って、息子さんはまるっきり違う顔をされていました。笑)その後は上信越道から長野道を走り、信濃大町駅に到着。翌日に乗るタクシー会社の駐車場で、テントと車に分かれて仮眠を取った。


烏帽子岳


  2日目(8月13日) 記録:中野
4:00起床・出発5:00−(タクシー)−5:40高瀬ダム5:55−6:40登山道入口−7:35(休憩)−8:30(休憩)−9:25(休憩)−10:15(休憩)−11:05烏帽子小屋11:55−12:50烏帽子岳13:15−14:10烏帽子小屋(泊) <岩里・中野はテント泊>

起床して装備を整え、奥西さんの息子さんに「行ってらっしゃいませ。」と見送られながら、タクシーで高瀬ダムに向かう。タクシー運転手さんの話では「雨で登山道手前の橋が流され昨日は重機で登山者を渡したらしいが、今日は飛び石が渡してあるそうです。」とのこと。・・・そう聞くと「重機で渡りたかったなぁ。」と思った者も。(少なくとも岩里さん、白井さん、中野の3人)ダムに到着し、少し肌寒い中を歩き始める。吊り橋を渡り、橋が流されたという所に来ると確かに水量が多く、向こう岸に渡れる場所がなかなか見つからない。他の登山者と協力しながら、川に石を投げ入れて渉った。登山道に入ると、愛宕山のように小屋まで12の番号が振ってあり、数を減らして行く。私達のペースで、だいたい30分間隔。小雨が降ったり止んだりで、合羽を着たり脱いだりが面倒だったが、良いペースで歩ききって烏帽子小屋に到着。登って来た『ブナ立尾根』。白井さんの話では「北アルプス三大急登の上に、日本三大急登にも入っている。」とのことだったが、登り終わってみれば何のことは無い登りだった。烏帽子小屋で泊まる手配を済ませ、荷物を軽くして烏帽子岳へ。砂地が広がり、コマクサが多く見られた。前烏帽子、縦走路との分岐を越え、烏帽子岳の岩稜に入っていく。5m程の鎖場の後、岩をトラバースし、少し登ると頂上に到着。大岩が並ぶ頂上は、個性的な風貌だ。頂上に続く岩に一列に並び、記念撮影。休憩の後、来た道を小屋に戻る。あいにくの天気。特徴ある形の烏帽子岳を写真に収めたいと、何度か振り返ってガスが取れるのを期待するが、結局ガスが綺麗には取れることは無かった。小屋に戻ると直ぐに、談話室で宴会。山の話、会の話に花が咲き、誰も飲まずに封印されていたという『網岡家の梅酒』が評判だった。テント組は夕食の準備に早めに切り上げる。小屋組は5時から夕食で、食後には部屋でトランプ(うすのろのバカ)が盛り上がったとのことだった。


鷲羽岳


  3日目(8月14日) 記録:前田
起床3:30 − 出発4:00 − 三ツ岳5:26 −野口五郎小屋7:12/7:24 − 野口五郎岳7:41/7:45 − 東沢乗越9:45 − 水晶小屋10:26/10:40 − 水晶岳11:10/11:20 − 水晶小屋11:45/12:00 − 祖父岳との分岐12:28 − ワリモ岳12:54 − 鷲羽岳13:30/13:45 − 三俣山荘14:25

★14日 今日は長丁場な為4時出発。外はまだ暗い上にガスっている。話には聞いていたがヘッドランプのLEDと豆球のそれぞれの特徴がよくわかる。テン場を通り過ぎていくが、暗くて道がよくわからない。前を行く明かりもないようだ。明るければすぐに目に付くような道でも暗かったりガスっていたりするとわからなくなるのがよくわかった。早朝出発のときは前日に下見しておく事も必要かなと思った。足元しか見えない道を注意して歩く。周りがどんな景色なのかさっぱりわからない。そんな中「グエー」というとてもかわいくない声が聞こえた…ような気がした。あれがうわさに聞いた雷鳥の鳴き声だろうか?だとしたらほんとにかわいくない!次第に明るくなり視界も少しはマシにはなるが、風と霧雨は相変わらず。風の強い稜線上を三ツ岳へ緩やかに登っていく。晴れていたらどんな景色が広がっているのだろうか。三ツ岳から少し下り野口五郎の小屋へだらだらとした道が続く。展望のないこんな道ではずーっと同じところを歩いているような気分になってくる。野口五郎小屋では「野口五郎」のロゴ入りの渋〜いデザインの日本手拭いをお土産に買おうと期待していたがいいのがなかった…残念!!野口五郎のなだらかな山頂を超え水晶へ。途中、雷鳥の親子を見かけた、しかも7羽も!その後少しずつ雲の切れ間が出始め展望が広がり始める。硫黄、北鎌、表銀座、大天井、常念、鷲羽、水晶…そして槍。だんだんと岩場が増え始め小さなアップダウンを何度も繰り返しやっと東沢乗越。さっきまでの山様とはうって変わって赤茶けた山肌が見え、水晶小屋がはるか上に思える。ここまでだいぶ歩いてきたのに、「さあ〜これからが今日の本番やで」とのリーダーの言葉に少々凹み気味になりながらも頑張って水晶小屋へ。荷物をデポし奥西さん念願の水晶山頂へ。左手の眼下には雲の平が見えてきた。真ん中には赤い屋根の雲の平山荘が。これだけの険しい山々に囲まれた北アの奥深くにこんなにのどかなお花畑があるのがとても不思議だ。水晶ではたぶん今回の山行中一番晴れていた時間だろう。なんてラッキー!山頂の標には水晶岳のイメージに似つかわしくないかわいいお花のイラストが彫ってあって私的にはとても気に入りました♪皆さんも行った時には見てくださいね。小屋へ戻り少し下ったあと、さあ最後の鷲羽越え。大きく迫力のある山で、以前訪れたときはとてもしんどく三俣までの下りが嫌になるほど長く感じた事を覚えている。ワリモへの分岐を過ぎたあたりから一気にガスり出し雨が降り始めた。ほどなくワリモ、そして鷲羽に着いた。確か眼下に池が見えるはずなのだが残念ながら何にも見えない。あとは三俣まで下れば…。以前感じたしんどさは何だったんだろうと思うくらいあっさりと小屋に着いた。前半時間が押し気味だったが最終的にはほぼ予定通り2時半に小屋に着けた。だいぶ遅れて黒部五郎組も無事到着、今年も無事に出会う事ができた。そのまま雨は朝まで降り続き、せっかくの展望レストランもこう天気が悪くてはただの食堂。残念…槍がきれいに見えるはずなのに…。リーダーは体調不良の為早めに就寝。私は雨と風の音でろくに眠れなかった。三俣山荘についてひと言。立地的にはとてもよい小屋だが小屋の対応にかなりの不満が残る。まあ、日頃から利用者側のマナーが悪いからなのか…どちらにしても今後できることなら利用したくない。

  4日目(8月15日) 記録:前田
起床4:30 − 出発5:00 − 巻き道分岐5:45 − 双六小屋7:35/7:50 − 弓折岳分岐8:54/9:00 − 鏡平9:36/9:46 − 登山口11:46 − ワサビ平12:10/12:30 − 新穂高BT13:28

★15日 昨夜からの雨が降り続いていた。当初の予定を少しずらし5時出発。ヘッドランプはもう必要なかった。黒部五郎への道を右手に見送り三俣蓮華へ進む。この天候の為三俣・双六岳はパスして巻き道を行く。単なる巻き道ではなく花も多くなかなかよい道だった。双六岳への分岐を左に折れ下るとすぐに双六小屋に着く。きれいな大きな小屋だ。泊まってもいないのにお土産にバンダナ等を買い小屋前で記念撮影をしてしまった。テン場の脇を抜け弓折岳方面へ。ほぼ平坦な道でしばらく行くと左手がひらける。晴れていたら最高の景色なのに…。峠からは左に下っていく。晴れていたら「鏡平でカキ氷」のお約束だったが、今回はお預けとなってしまった。ここからはぐんぐん下った。雨がひどくなってきて展望もないのでひたすら下る。秩父沢を横切りまだまだくだり11時46分やっと登山口にでた。あとはひたすら林道歩き。ゲートを過ぎ橋を渡ると新穂高のバスターミナル。奥西さんが第一ロープウェイ上の駐車場まで車を取りに行ってくださった。以前より駐車場が広くなっていて足湯や日帰り温泉などもできていたそうだ。奥西さんいわく「いつもの」たるまの湯で3日分の汗を流し、帰路につく。高山経由、東海北陸道・名神の予定だったが、あいにくのお盆の帰省ラッシュ。結局環状線(?)から東名阪で帰ることに。そんなこんなで車中の話は尽きず、体調不良のため寝るわと言って後部席に移られたはずのリーダーも気になってか眠れず、結局一番ハイテンションで喋りつづけておられました(笑)

最後に道路情報をひとつ。東海北陸道 飛騨清見ICから中部縦貫道が高山西ICまで一区間(しかも無料!!)だけできていました。そんな事は誰一人知らなかった私たちは少々戸惑いましたが、また一段と穂高に行きやすくなったと思います(渋滞さえなければ!!…ですが)。


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