カニ山行 粟鹿山・蘇武岳

山行日 2019年1月27日(日)~28日(月)
目 的 ① 雪の粟鹿山 蘇武岳に登頂する。
② 雪山山行の知識・技術を深めるとともにカニを食しながら会員の交流・親睦を深める
参加者 CL:奥西、SL:竹田・屋根谷克、渉外:土岡、会計:屋根谷邦、救護:高岸、記録:寺崎・猪飼
                                              計 8名
報 告 27日(日)  粟鹿山 962.3m
コース 粟鹿山登山 北近畿豊岡自動車道・山東IC下車  当勝神社駐車場 登山口~樹林の中の登山道~無線鉄塔管理道~粟鹿山手前1㎞まで~下山
 粟鹿山 朝来市と丹波市の境、標高962.3m 夏山だと約4時間で往復ができる。
近鉄大久保を6:15に出発名神・中国道を舞鶴方面に進むと三田IC近くで冬タイヤ確認の検問で渋滞、無事通過して安全走行の90キロで走る。そして中継アンテナが林立する粟鹿山が遠くに見えてくる。8:40 無事到着。
当勝(マサカツ)神社に駐車する。
 各自、食事・体操など準備をして9:05に出発、山東自然の家の横のゲートを通り登山口で休憩、衣服・装備など確認をする。新雪を踏みしめ歩き始める。駐車場にはすでに4台ほど車はあったが粟鹿山に向っているのは、らくなん だけのようだ。木につけられた印を頼りにラッセルですすむ。V字の登山道は吹き溜まりで雪が深いので道に沿ってすすむ。冬山での知識。
ラッセルも全員が交代でするが体力のない初心者には思いのほか辛い。
一旦横切った林道に再び出る。ここから山頂までは約2km、昨日降った雪が膝のあたりまであるのでワカンを付ける。
全員で再びラッセルを。しかしなかなか距離が稼げなく時間ばかりが過ぎていく。山頂が見えてきたが残り時間が少なくなり13:10 に引き返す決意をする。
休憩後13:30下山を
開始。15:45 駐車場に無事もどる。今回は山頂に到達できなかったが全員交代でするラッセルとワカンを付けたラッセルの難しさ苦しさを十二分に味わったが次回に、この経験を必ず生かしたい山行でした。

下山後、兵庫県新温泉町の浜坂温泉保養荘に宿泊
 カニ会席に舌鼓を打ち、部屋で猪飼持参の一升瓶を開けて、ここでも宴会。


報 告


28日(月) 蘇武岳 1074m
コース 道の駅「村岡ファームガーデン」駐車場9:20~10;50馬の背~12:10展望休憩舎~13:00蘇武岳13:10~16:00道の駅「村岡ファームガーデン」駐車場
8時過ぎに宿舎を出発したが、春来トンネルが事故のため通行禁止。午後からは雨予報が出ており気は急くが、旧道に大きく迂回し、予定より20~30分遅れで、道の駅「村岡ファームガーデン」駐車場に着いた。
9時20分出発、登山口手前で雪かきをしている人に雪情報を確認すると「土曜日に麓で20~30センチ、山は60~80センチの積雪。蘇武の雪は直ぐに解けるから」とのことであった。
登山口の麓に鹿の足跡が散見されたが、標高が上がるにつれなくなった。雪で餌がないため麓に降りてきているのか?
五合目までは、樹林帯の中とあって積雪は20~30センチと歩きやすい。コース沿いには飾りのように賑やかにテープが巻かれている。その中に「地籍調査」と記されたテープが。昨日も目に付いたが「国土地理院が製図のための調査か?」と、勝手に判断していたが、調べてみたら、地籍調査とは、主に市町村が主体となって、一筆(※)ごとの土地の所有者、地番、地目を調査し、境界の位置と面積を測量する調査で。「地籍」とは、いわば「土地に関する戸籍」のこと、と判明した。

写真:1合目を行く
快調に五合目手前まで来て前方を眺めると雄大な蘇武岳の山塊が聳えている。山頂付近は吹雪いている様子が良く分かる。
昨日と違ってトレースが明確で道迷いの心配もなく、歩きやすいが面白みがない。やはり真新しい雪面に自分の踏み跡を残したい、と力量も無いのに我儘な感情も沸く。
トレースがあるが、スノーシューの跡なので緩く、20~30センチのツボ足に、深いところでは膝上までにも。雪と戯れ、闘いながら歩を進める。  馬の背は雪が積もっているから細さは感じないが、無ければ多少の恐怖感を抱く地点と感じた。
八合目付近の休憩所付近から、強い風に乗って細かな雪が頬を打つ。痛いし寒いし休憩も取らずに山頂を目指す。

       写真:六合目あたりからの蘇武岳
山頂までは高度100m、距離800mくらい、と思うが強い風と雪で視界が約20メートルで頂きが確認できない。不安の中、雪原の中に山頂の標柱を見つけた時は、鉄の階段を上がって鎗の頂に到着した時と同じくらい感動した。一等三角点が存在するが積雪に埋もれて確認できなかった。
眺望も無く、証拠の集合写真を撮って早々に下山開始、休憩所手前の山陰で風を避けながら行動食をとった。
下りは早いがツボ足は相変わらず。一番多かったのはYさん?「ダイエットに励む!」と宣言されていた!?
登山口での説明の通り、三合目付近から雪が溶けだしかなり湿っている印象を受けた。
リーダーの仁徳か、はたまた参加者の日頃の行いが功を奏したのか全員が車に乗り込んだ瞬間大雨が降りだした。
帰路、近くの「天女の湯」に立ち寄り入浴、山の疲れを癒すとともに、雪山を堪能できた喜びに浸った。
この様な楽しく、素晴らしい例会を計画して頂いたリーダーに感謝するとともに長時間、安全に運転して頂き御礼申し上げます。また、ナイスリードのSL。そして、山行は勿論、宴も盛り上げて頂きました皆さんに感謝します。有難うございました。

登山中にTさんから「合目の基準は?」との質問があった。その場では、色んな回答があったが、調べたところ、
山のふもとから頂上にいたる登山の行程の単位。実際の距離や山の標高とは関係なく、登山する場合の困難の度合を目安として全行程を一〇等分し、その一つ一つを一合目、二合目などと称する。
と、あった。
また、何故「合目」というかについては、元々富士山が発祥らしく、
(1) 富士山の形が枡に米を盛った時の形に似ているので、穀物を計る単位「合」を用いた。
(2) 梵語の『劫』が『合』に変化した。つまり、富士登山の苦しさを人生の    苦難にみたて、その難しさを劫数⇒合目で表した。
(3) 富士山の祭神はコノハナサクヤヒメという女神であるので、生命誕生、胎生十ヶ月を十合に分けた。
(4) 山頂のことを御鉢といい、仏教用語でもおそなえする米を御鉢料と言うところから、米にたとえて「合」で区分した。
(5) 昔、夜は行灯(あんどん)を灯しながら登っていたのでその行灯の油が一合燃え尽きる道のりで区切った。というのもあります。



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